ネイティブ校正者の意義

徹底校正の根拠は、
プロフェッショナルなネイティブ校正にあります

「ジャーナルのエディターや査読者を含むあなたの論文の読者は、洗練された文章であれば、論じている内容の科学的価値も高いと考えます。裏返せば、非常に精密な研究の成果が、配慮の足りない文章ひとつで損なわれてしまいます」

 英語で書かれた内容を把握し、理解する過程は、英語を母語とする者とそうでない者とでは違います。

 母語は子どもの時に無意識に身につけるもので、少なくともその段階では、学ぼうという努力も要りません。しかし新しい言葉、つまり母語以外の言葉を覚えるときには、母語とは対照的に頭で覚えます。それは、論理的なルールや構造を意識的に、理性で把握する知的活動です。このように英語についても、英語のネイティブ・スピーカーとそれ以外の人では、修得過程が異なるのです。

 英語の文章を英語のネイティブが読むときには、こうした母語として修得した経験のため、意識的な部分と無意識的な部分の両方から内容を把握します。しかし、同じ文章をノンネイティブが読んだ場合、英語を理性的に覚えた過程しかないので、圧倒的に意識的な部分に頼って内容を把握します。

直感と理性の両方で把握します
 

 ネイティブは書かれていることを、直感と理性の両方で把握します。ですから、理解した情報は、感情と論理的思考のどちらにもつながります。しかし、ノンネイティブにとって文章を読むことはずっと論理的なプロセスなので、感情的な捉え方をしないのです。

 1番目の例は、文章を読んでいて誤りを見つけた場合です。母語であれば即座に誤りを認識し、また誤りを否定したい感情が生まれます。たとえなぜ誤りなのかを論理的には説明できなくても、「知って」いるのです。ただ、その理由を意識したことがないだけです。こうした理解方法は直感的なので、無意識や感情により密接に結びつきます。

 2番目の例は、ニュアンスです。いわば、何を感じるかです。母語のニュアンスが「分かる」のは、論理的なルールや構造の理解ではなく、直感的なフィーリングからです。ニュアンスの根本、そしてその理解の根本は、感情です。

 3番目の例は、「コノテーション」です。言葉には直接的に意味する(デノート:denote)ことと、間接的に意味すること(コノート:connote)、いわゆる「含み」があります。後者がコノテーションですが、これはその言葉の文化の深いところに関わるもので、文化の違う者にはたとえ直接的な意味は分かっても、非常に理解しにくい部分です。

評価の中心は文章ではなくその内容
 

 英語論文を書く場合、評価の中心は文章ではなくその内容だとしても、ネイティブの読み手の意識的、無意識的な反応に対処しておく必要があります。査読者とて、感情的な部分をいっさい排除して評価することなどできません。つまり言葉使いや表現、構造、ニュアンスなどによって、①伝えたいことを最大限正確に伝え、②できる限り好印象を残す論文にしなければなりません。①が相手の理性的部分の承認を得ることだとすれば、②は感情的な承認を得ることです。

言い方を変えれば、あなたの論文の読者にフラストレーションを感じさせるのではなく、充足感を与えながら、同時に知的関心を満たすことが求められるのです。

 自分が書いた文章によって、読み手の感情的な承認も獲得する技術をもつ人はまれです。母国語でさえ、これができる人はひとにぎりで、ましてや母国語以外では至難の業でしょう。感情的承認を得るには、単なる文法やスペルの正確さ(もちろんこれらも大事ですが)以上のものが必要で、それらは 文章構造読みやすさ から、段落構成、全体の論理構成や、主張の提示方法まで、多くの異なる要素に広がります。これらを達成するのは難しいことであるにもかかわらず、達成されていても即座に認識されうるものでもありません。しかし実は最初の数センテンスだけで、あなたの論文に対する読み手の評価は定まってしまうのです。

*Katrina Kelner, Tips for Publishing in Scientific Journals
accessed July 28, 2010